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I Loves You, Porgy [音楽]

ここしばらくはタイトルに人名の入っている曲を繋いでいる「この1曲」シリーズ、今回はNina Simoneの歌う「I Loves You, Porgy」です。なんで「Loves」なのか、と思うんですけど、明確な答えは得られないまま。もちろん文法上は「誤り」なんですけどね。だけどわざと動詞を三人称単数にしてあるんだと思います。たぶんね。

んー、1935年にアメリカで作られた「オペラ」の中の歌のタイトルですが、その辺は歌詞を書いたアイラさん(ガーシュウィンのお兄さん)に聞かないと分からないのかも知れません。なんとなく、ですが理由を書きにくい事情もありそうなんですけどね。いろいろとね。

元々が劇中の1曲ですが、ニーナ・シモンのバージョンはデビューアルバムの「Little Girl Blue」に収められています。1957年の録音で発売は1958年なんですが、このアルバムがまたひと癖あると言うかなんというか。なにしろジャケットのデザインは、3種ほど流通しているようですし、「リマスター」と称しているものにも、ステレオとモノラルの盤があるようです。

このあたりもアメリカの音楽シーンの複雑なところなのかも知れませんが、CD1枚買うのにえらく気を遣わされそうなシロモノなのでございます^^;。かと言って複数買おうか、っていうほどのファンでもないしね^^;。難しいものです。デビューはベツレヘム・レコードからですけど、この会社がまた8年間だかしか活動していない。

1961年には版権を売り渡して活動停止しちゃいますが、このあたりの経緯がもしかしたらニーナ・シモンのファーストにも影響しているのかなと思います。日本にもありますけどね、1960年代後半からのしばらくの時代は、ロックやフォークと言われる人たちのデビューの経緯と、その版権会社の複雑さがあとから問題になるケース。

ニーナ・シモンという人は、最初はピアニストとしての勉強をしていた人なんだそうで、歌を歌うようになったのは、人の勧めがあったからなんだそうです。弾き語りで歌うステージの映像がたくさん残っています。人それぞれでいろいろな道がありますが、ニーナはもしかしたらピアニストとしての人生もあったのかも知れません。歌い手になっていて良かったなと思える人ですね^^。
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真夏のヘッドフォン事情^^; [ヘッドフォン]

毎年のことながら、真夏には使いたいヘッドフォンが使えない、という状況に陥ります。汗をかきますからね、ベロアのイヤーパッドのものなんか怖くて使えない^^;。水分を吸わない材質なら許容できますが、やっぱり汗が付きます。ならばカナルにするかとも思いますが、何も部屋の中で使うのに、というジレンマがありますね。

元々さほど外で聴いたりはしないので、カナルはローコストのものを2、3個持ってる程度だし。結局長時間聴くのは我慢して、時折外しては汗をティッシュで拭ってみたりということになります。またはコンパクトな(元は夏用のつもりで選定した)AKGのK420あたりに活躍してもらうことになります。夜ならまだいいんですけどね。昼間のヘッドフォンは厳しいですね、やはり。夏が過ぎるのを待つしかないか^^;。
タグ:AKG K420 K242HD

暑中見舞いを書き終える^^ [季節]

書き終えて投函まで。毎年のことですが、梅雨明けと同時に休みの日に5、6枚ずつ書いて投函していきます。年賀とは違って、印刷物として売っているカードやハガキを何種類か相手によって使い分け、万年筆で文面と宛て名を書いて出すわけです。年賀よりは枚数も少なくて、ほぼ親しい友人や親戚のみということで。

切手も夏の雰囲気の出るものを使って、それぞれに貼っていきます。私にとっては年賀よりも「趣味性」の高い便りということになるのかな。年賀も友人には私信を兼ねているわけだけど、暑中見舞いはさらに「お手紙」の要素が濃くなります。こういう時の万年筆は、最高の道具だなぁと思いますね。
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夏っぽい切手も買ってきて、余ったら来年回しにしてもいいから、好みで使っていきます。切手は有価証券と同じような扱いになるために、ネットで画像を出すのには偽造・悪用防止の手段を講じる必要あり、ということらしいので、なんとなく「消印」を押しておきます^^;。

上の2種は暑中見舞い用としていいなと思ったものですが、下の82円のヤツは見せて貰ったらきれいだったので、つい買っちゃいました^^;。局員さんにまんまと乗せられたわけですな。52円の貝の方は、写真を使ったデザインで、少しコントラストが弱い絵柄なのがちょっと惜しい気もします。こっちからどんどん使っております^^;。夏盛りなのでございます^^。

長門有希ちゃんの消失 もう少し^^ [アニメ]

この作品「長門有希ちゃんの消失」のアニメ記事は、前夜からの続きです。一応こちらは二夜め^^。原作小説の設定として「長門が再構築した」平行世界のありさまを、さらに押し進めて描くマンガ作品を基にしたアニメだ、という説明を前夜はしてきました。それは、原作小説の中の長門有希が創り出した世界を、もう少し広げて見せた力業でもあります。それはすべてマンガ作品「長門有希ちゃんの消失」の力だと思います。

思えば原作小説の長門(このサイトだけの仮の呼称として「長門org」と呼ぶことにさせてもらいます^^;)が、再構築した「消失世界」では、彼女の最も親しい友人が朝倉涼子であるわけで、さまざまないきさつで戦いさえ起こり得た原作小説での関係性を考えれば、長門orgの置かれた哀しさが分かります。一番の親友であるはずなのに。

それぞれの登場人物が抱えていた「裏の顔」をすべて取り払い、人としての存在のみに限定した上で、そこに「消失世界の長門(こちらも勝手に「長門disap」と呼ばせてもらいます^^;)」を据えてしまう。このマンガ作品の力は、それを実行したことで確かなものになりました。つまり性格はそのままの『涼宮ハルヒの憂鬱』の登場人物に囲まれている長門有希ちゃん。彼女だけが原作小説とはかなり違う性格として、具現しているのです。

そういう意味からも長門disapの性格が一時的に「消失」して、長門orgが現れるという展開は、なかなか興味深いものがありました。あ、「長門orgが現れる」と書いたけど、たぶんね、これは。でも、恐らくは間違いないことでしょう。そして「記憶が整理」され同一化されて、長門disapが戻ってくる。この過程を見せてくれたことで、この世界とあちらの世界がやはり並立している、つまり「平行世界」であったことが描かれるのでした。

登場人物で言えば、朝倉涼子の人物像はそうとう変貌を遂げていて、原作小説での恐るべきキャラはまったく姿を消しています。小説では「外面如菩薩内心如夜叉」を地で行ってますからね^^;。むしろ世話焼きお母さんですから。長門disapのことを思えば、こんな人がそばにいないと大変でしょうね。どうしてふたりとも「独り暮らし」をしてるのか、よく分かりませんけど。一緒に住んじゃえばいいのに^^;。

最大の「毒気」と言うか、「世界変換能力(しかも本人無自覚)」を持っていない涼宮ハルヒは、少し騒がしく強引な普通の女になっているわけで、ここいらはマンガ作者ぷよさんの「優しさ」だと思います。そしてきちんと「恋を知っている」と言うところでも。実際、この作品の中でのハルヒは、「普通の少女」として恋心を抱き、そしてそれを(とりあえずは)諦める、という度量を見せてくれます。ある意味ですごく「できた人物」^^。

そういう意味ではこの作品は、実は私にとって「涼宮ハルヒ再発見」でもあったわけで、はしゃいで走り回ったあげくさっさと眠り込んだり、髪が邪魔だと言ってふたつお団子にしてもらったりと、騒がしいながらもかわいい女として再認識できたのでした。立場として「身を引く(とりあえずとしても)」ことになるのは、原作小説での長門orgの立場とのコンバートであるわけで、そこに漂う切なさにも惹かれるものがあります。

鶴屋さんと朝比奈みくるのふたりは、ほとんど性格などもそのままで、相変わらずのいいコンビでした。文芸部を中心に回る物語ということで、みくるさんの出番は減ってますけど。中の人の後藤邑子さんの健康状態のこともあって、心配は耐えないのですが、この作品でも無事に演じられていたのは嬉しかったです。

声優さんということで言えば茅原さんと桑谷さんは、咲-Saki-でも共演していたなぁ、とか改めて思いましたっけ。もちろん順序で言えば「憂鬱」が先で、咲-Saki-があとだけど。よく似た立ち位置同士のふたり(部長だけど麻雀の腕前は2、3番目のまとめ役)でしたし。おそらく出番の関係で顔を合わせる機会は少なかったとは思いますが。

さて書きたいことはまだありますが、そのひとつは2期のこと。原作のマンガはまだ続いていますし、単行本の巻数から言っても2期は作れそうなんじゃないかな。可能性は分かりませんが。とすればどうやら佐々木が登場したりもするようですし、ぜひ佐々木については坂本真綾さんに演じて貰いたいものだと思っています^^;。前にも書いた気もするけど。とにかく2期は大いに期待しております。待ちますよ^^。
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長門有希ちゃんの消失 第16話、最終話 [アニメ]

油断していたことは認めます。てっきり2期に亘るもので22-24話ぐらいになると思い込んでいましたからね^^;。その辺の情報をこまめにチェックしたりしないという悪癖が、油断を招きましたね。2、3本づつまとめて見ることにしていたので、16話で今期は終了ということに気づいていませんでした。見終えてみて、シリーズ全体の構成と各エピソードの話数の配置など、恐らく最初から16話作ることに決まっていたと思いますけど。

私はアニメ作品については、見る前に原作を読まないのを基本としています。もちろんマンガや小説の原作を先に知っていて、それがアニメ化される場合には話は別ですけど。で、「長門有希ちゃんの消失」はと言うと、アニメ化が決まる前に何冊か単行本を買っています^^;。きちんと目を通さないままでいたのですが。

今回については、アニメを見たあとで、そのエピソードがある、ということを確かめるために本をパラパラとめくってみる、という感じでした。単行本に忠実なエピソード構成であることは途中で分りました。16話が最終話と分かって、やっと休みが取れたので4本まとめてバタバタと見るという破目に陥ってますけど^^;。

アニメ化の発表時だったと思うけど、総作画監督を伊藤郁子さんが務めるということで、なんだか嬉しくなった記憶があります。あちこちでお名前を見かけていて、だいたいお気に入りの作品が多かったし。キャラクターデザインも伊藤さんですが、原作マンガの雰囲気は生かしつつ、マンガとも伊藤さんの本来の絵柄とも違うところに着地していたのは面白いなと思います。

まぁあれですね、原作小説とは違う世界観を描くということでは、ある種の「平行世界」を創造する作品でありました。もちろん原作小説のなかでの「消失」の世界設定、すなわち小説では「長門による改変世界」と説明されている世界観の延長ですね。原設定はあったわけだけど、それをさらに押し進めていたという点は、この作品の優れた面白さであると思います。

うーむ、長くなりそうなんで明晩に続くことにいたしますね^^;。
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猫とたそがれ時の虹 [猫]

何かが見えた気がして 猫は空に瞳を泳がせた

湿った風と 温かい雨とが 続いた日だった
そしてもうすぐ夜が来る
街が暗くなったなら 出かけるつもりだった

黒い雲と雲とのあいだに それはいた

見たことがあったろうか と猫は心を探る
わからないが知っている と心は告げている
ならばだいじょうぶ と猫は思うが瞳は離さない

雲が形を変えていき 空が色を失っていく
風は変わらず湿っているけれど
吹く向きは変わっていく 少しだけ少しだけ

空がやがて暗くなり それもまた色が消えていく
道の向こうに見えていたはずなのに

やがて夜が降りてきて 猫は街へと歩き出した

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A Boy Named Sue [音楽]

タイトルに名前を含む曲で繋げておりますところの「この1曲」シリーズですが、今回はちょっと変わり種というか。Johnny Cashの歌う「A Boy Named Sue」は、1969年7月にシングルとしてリリースされて、全米2位まで上がるヒットとなっています。歌っているジョニー・キャッシュにとっても最大のヒットとなりました。

「変わり種」のその訳は、この曲が収められたアルバムが、1969年2月にカリフォルニアのサン・クェンティンという刑務所で収録されたライブアルバムだったからです。そのアルバムは全米1位、ダブルプラチナに輝いています。まぁかなりのヒットですな。そしてこの歌の内容というのがまた、なかなかに激烈と言うかなんというか^^;。

かいつまんじゃうとですね、『ろくでなしで家を出て行った父親に「スー」という名を付けられた男が、成長して放浪するうちに父親を見つけて、「殺してやるぜ」と凄む』というストーリーの歌です。一種の物語歌ですね。ちなみに余計な説明を付け加えればスーは女性名。そんな名を付けた父親を恨んでいた、というわけです。

歌はさらに続いていくのですが、まぁネタを書いちゃうのもなんなので、ご興味がお有りの方は検索してみてください。なかなかのいい訳がネットに上がっております^^。渋い声で語るように歌い続けるジョニーの歌に合わせて、歓声が巻き起こるというライブならではの醍醐味もあります。聴いている人たちが服役中だというのも、この歌の中身に合っている、かな。

ジョニー・キャッシュというシンガーは、一般的にはカントリーの歌手として知られていますが、多方面に与えた影響は意外なところにまで及んでいます。日本ではアメリカでの人気が思いも付かない程度の知名度ですけどね。でも一度聴くと忘れられない声でして、これがなかなか良いのでございますよ^^。
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台風の影響と関東の雲  [季節]

いよいよ四国に上陸して大雨を降らせている台風11号ですが、日本海に抜けたあとは東に向かう公算大ということのようです。それにしても数日間の晴れと暑さに続いて、関東はかなりのまとまった雨になりました。画像は15日の午後に撮影した積雲ですが、雄大積雲のレベルにまではならないうちに消えていく感じで、上空の高いところはかなりの風かな、と想像させるものでした。
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暑さが続いた5日間ほどでは見ることの無かった雲で、数百キロの彼方の台風の影響も感じられました。台風に吹き込む湿った風が、関東では南から吹く形になって、雲が盛り上がるわけですね。この雲を撮ったあと数時間して、関東で雨が降り始め、夜から翌16日の日中まで断続的に続きました。この雲は予兆でもあったのかな、と思います。

梅雨明けは近いのか?ということで万年筆の点呼^^ [万年筆]

雨の日々が過ぎたと思ったら、灼熱の青天が5日間ほども続いて、お天気というものはなかなかちょうどいいところには落ち着いてくれないものだ、とつくづく思います。だからと言って梅雨明けというわけにもいかないらしいのです。台風が過ぎてみないと明確にはわからないということで。

梅雨が明ければ、恒例の暑中見舞いを書く時期となりますが、この何年かはカードやハガキの印刷されたものを買い込んで、万年筆で手書きの挨拶及び宛名という慣行になっています。字は下手ですけどね^^;。だからこその万年筆とも言えなくもないかな^^;。ということで手元にある万年筆のうち、使用頻度が高いものを点呼と称して開陳いたす次第でございます。
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まずは、ファーバーカステルのアンビション・ロンバス。インクは抜いてあって、ボトルからのつけ書き専用みたいな感じになってます。ラミーはサファリのホワイトとVista。ニブはAとFです。ほかのラミーはインクを抜いてあるもの、普段はあまり使わないものもあって、現役はこの2本。ペリカンはM200のFとMにM205のMです。使い勝手が気に入って、結果的に3本が現役扱い^^。
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そして、ウォーターマンのパースペクティヴBG。ニブはFです。以前からデザインがいいなと思って狙ってたのですが、先日とある中古を見つけてポチってしまいました^^;。少し小傷は多いのですが、使われた形跡がほとんどありません。ただし付いていたカートリッジは乾ききっていた、というシロモノ^^;。

洗うのに手間はかかりましたが、使い心地はいいです。このメーカーにはよくあるようですが、キャップには隙間があり空気が通ります。そのためインクが乾いてしまいやすいのが欠点です。そしてペリカンのM600とM400。ニブはFとEFです。この2本も使用する機会が多く、お気に入りです。

そしてパイロットとセーラーが1本ずつ。どちらも中古をポチったものでして、書きやすいので良く使っています。ただセーラーは少しフローが渋いかな、という気もします。ニブはパイロットがM、セーラーはMFです。私としてはMFでも充分に細い。というかもう少し太くてもいいな、と思います。パイロットのMはちょうど良い感じかな。

ということで、いちおう現時点での我が家の現役陣です。あいだが空いてしまうことも多いので、インクが乾いてしまうのは困ります。なので、ウォーターマンもいずれはインクを抜いちゃうのかな^^;。使いたい時にはボトルにつけ書きという手もあるし。いずれにしても、暑中見舞いは使うペンを決めて、それで書くことになります。今年はどれを使おうか、というのも楽しみです^^。

Harold Land [音楽]

続けてきた「この1曲」シリーズですが、同じアーティストの曲は1曲しか取り上げない、という制約を自ら課しておりまして、どのアーティストについても登場は一度限り1曲ずつ、と決めてきました。多少の抜け道はありまして、所属したバンドが変わっていくのに従って、その代表曲を記事にしたりもしています^^;。前回の曲からの何らかの関連のある、という縛りも設けてしまっていますから、苦し紛れにやるんですが^^;。

しかしここで同じバンドに二度目の登場をして貰わざるを得ない事態が生じましたので、ついに自ら掟をやぶることにいたします。イギリスのプログレッシブ・ロックのバンドとして知られるイエスのベーシストとして、1968年の結成以来今日に至るまで、終始一貫メンバーに名を連ねてきたクリス・スクワイアが先日亡くなったから。6月27日のことであるそうです。イエスは「この1曲」シリーズのかなり初期に登場してるんですけどね。2曲目がこんな形でなんて、思ってもいなかった。

メンバーチェンジを繰り返したイエスの歴史の中でも、クリスは一度たりともメンバーから外れたことがありません。「バンド存続の権利」、もっとありていに言えば「所有権」を保有していたのは、クリス・スクワイアでした。彼が属しているバンドが(そう宣言さえすれば)イエスというバンドであったわけです。

もちろんイエスというバンドを考える時、最も重要だろうと思われる構成者はボーカルのジョン・アンダーソンでしょう。彼の声が聴けないイエスは、残念ながらやはりどこかが「ちょっと違う」と思います。ただ、ジョンは一時的にではありますが、脱退していた時期がありますし、そして2000年代の半ば頃からは、イエスから離れてしまっています。まぁクリス・スクワイアのベースの音色が聴けないイエスも、たぶん少し違うかなぁとも思うけど。

結局のところイエスそのものを維持しているのはクリス・スクワイアであると定義しなくてはいけません。いろいろな経緯があって、ジョンがイエスから距離を置かざるを得ないのも、クリスのせいなのだと悪く言われているケースもあるようです。確かにある時期からは、このふたりのあいだには溝があるのだと思わずにはいられないのですが。

クリス・スクワイアのベーシストとしての魅力は、音色やテクニック、そしてリズム感などいろいろな要素があります。かなりの長身で、愛用していたリッケンバッカーが、コンパクトに見えるほどであったのも印象に残ります。音色の独特なコントロールは、例えばグレッグ・レイクも似ていますが、トーンのハイとロウを最大にし、ミッドを最小にするというものです。低音感を残しつつ、アタック音が最大限に鳴っている感じ。リッケンバッカーそのものの音色とも相まって大変個性的です。

90年代だったかと思いますが、イギリスの某ラジオ局がロック・ミュージシャンのオール・タイム人気投票を行ったことがあります。ボーカル、ギター、ベース、ドラムのそれぞれの1位が、ジョン・ボーナムの死去によって解散してしまったレッド・ツェッペリンのメンバーという結果となって、史上レッド・ツェッペリンが究極のバンドでぁったというオチが付きました^^;。この時にベース部門の2位だったのが、クリス・スクワイアであったそうです。

イギリスでは大変人気のあったミュージシャンであったわけですが、そのほとんどの活動はイエスにおいてのものでした。本格的なソロ・アルバムは1枚きり、ほかに時折誘われてのセッション参加やゲストとしてのアルバム参加などはありましたが、事実上イエスに捧げた生涯であったと言えるでしょう。2015年6月27日死去、満67歳没。冥福をお祈りします。どうか安らかに。

さて、取り上げた曲の「Harold Land」はイエスのファースト・アルバム(1969年)の5曲目、アナログ盤で言えばB面の1曲目に収められています。ベースのグリッサンドで開始されるあたりが、この記事の趣旨にはふさわしいかも知れません。まったく同名のHarold Landというジャズのテナーサックス奏者がいますが、どうやら特に関係は無いようです。特定の人物を意識しない、ある種の記号として詞の中に登場している、ということのようです。

イエスのファーストは、コンセプトは感じますが荒削りで完成度も低く、イエスが大好きだという人にしかあまり聴かれてはいないと思います。私としても、イエスの入門アルバムとしてはサードかなと思いますが、それでも1枚目も2枚目も、その若々しい意図とか、ボーカルのコーラスを際だたせようというスタイルとか、のちのイエスの原石があちこちに詰まった作品だと思います。けっこういいですよ^^。
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