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河童忌に思う [本]

私は本好きの子供であったわけで、ご多分に漏れず年齢の増えるに従って、何人かの作家に入れあげる時期がいく度かありました。作家芥川龍之介に入れ込んでいたのは、比較的早くて中学の始めごろからだったように思います。小学校の教科書にはごく平易な作品がひとつふたつ取り上げられていて、そこで知ったのだと思います。

中学では図書館で全集なども借り出すことができましたから、それこそ端っこから次々と、と言っても数ぺージからひどいと数行で判断して面白そうだと思ったものだけを読む、というひどい読書でしたけど。初期の古典から着想を得たものや、擬古文で綴られていくような作品はひどく面白がって読み進めました。一方で晩年の身の回りの心象を書き連ねたような作品は、読んでも「よく分からん」という感想が残りました^^;。

若くして亡くなったとは言え30歳代半ばの人の心象が、13、4歳の男児に理解できるとも思えませんけどね、今にして思えば^^;。それでも分からないままに何となく「悩んでいる人の様子」のようなものは伝わっていたのかも知れません。その後成人してから読んだときには、晩年の作品もある程度は「理解」はしていたように思います。ただ初期のような「工夫のある小説作品」を、なぜ書かなくなったのかは、よく分からないままでした。

7月24日は龍之介の命日であり、「河童忌」として知られています。今年は没後90年という、節目にあたる年であったので、ちょっと思い出すままに書き始めてしまいました。芥川也寸志さんという作曲家の父君でもあられる、ということも知っていましたから、音楽にも興味のあった私にとって、芥川龍之介という作家は、なにか少し特別な感慨もあります。

ただ読書の傾向としては大量に読んでいたのは中学の頃、というある意味でやや不遇な扱いをしてしまった気もしています^^;。その後の私の興味は音楽と、読書については翻訳小説に向いていきました。中学の半ばからは推理とSF、そしてもう少しあとになるとフォークナーとスタインベックという具合でした。龍之介に少しだけ立ち返ったのは成人してからですが、それも長くは続きませんでした。

それでも映画の題材としての芥川龍之介に出会ったり、文学賞の名前で出てきたりすると、やはりなにかの懐かしさのようなものも感じます。そして理由もなく「れげんだ・おうれあ」などと呟いてもみたりするわけです^^;。うむ、ちょっとしたディティールだけは記憶に残ったりするのです。小説の中身も登場人物のことも、ほぼ忘れ去っているのに「ひらがな書き」にされた外来語の響きだけは、記憶と舌の先に残っていたりするのです。人間は不思議です^^。河童忌の夜に。
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